毎週日曜日は『インスタントラーメンの日』|誕生秘話 安藤百福の執念から生まれたカップヌードルの歴史【食の雑学】【食の記念日】

本日の一品
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日本即席商品工業協会がが1982(昭和57)年10月に制定。

8/25が世界初の即席麺・チキンラーメンの発売日ということもあって、即席麺の日というのは割と有名な話です。

それに関しては、当ブログでも以前記事にしてみたり。

でも、今回の毎週日曜日はインスタントラーメンの日。こちらに関しては、その由来に関しては調べてみてもわかりませんでした。

日曜日…

インスタントラーメン…

どんなつながりが…?

個人的に由来が気になる毎週日曜日のインスタントラーメンの日。今回はそれにちなんで記事をお届けします。

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インスタントラーメンの歴史

インスタントラーメンの元祖・チキンラーメン誕生秘話に関しては、以前の記事でもお伝えしたところ。

日清食品の創業者・安藤百福さんが戦後の食糧難の折、闇市に出かけた時に飢えた人々が屋台のラーメン屋に並ぶ光景が強く記憶に残ったから着想を得たというものでした。また、安藤百福さんの奥様が天ぷらを揚げている様子を見て、高温で麺を揚げる製法を思いついたというエピソードは有名です。

そういったチキンラーメンの歴史の話は過去の記事に譲るとして、今回はインスタントラーメンのもう一つの形・カップ麺の歴史に迫りたいと思います。

カップ麺の歴史

即席麺の王道・チキンラーメンの誕生・成功を経て好調に成長を遂げた日清食品。同様にカップ麺を世に発信したのも日清食品の安藤百福さんです。

1966年、「チキンラーメン」を世界に広めようと考えた安藤が、欧米へ視察旅行に出かけた時のこと。現地で訪れたスーパーの担当者たちは、「チキンラーメン」を小さく割って紙コップに入れ、お湯を注ぎフォークで食べはじめました。これを見た安藤は、アメリカにはどんぶりも箸もない、つまりインスタントラーメンを世界食にするためのカギは食習慣の違いにある、と気づいたのです。そしてこの経験をヒントに、麺をカップに入れてフォークで食べる新製品の開発に取りかかりました。

新製品の開発は、容器を作ることから始まりました。安藤が理想とする “片手で持てる大きさの容器” を見つけだすため、40種類近くもの試作品を作って検討を重ねました。その結果、紙コップを大きくしたコップ型が採用されました。カップの素材として選んだのは、軽くて断熱性が高く、経済性にも優れた発泡スチロール。しかし、当時の日本ではまだ珍しい素材だったこともあり、薄く加工し、片手で持てる大きさに成型することは容易ではありませんでした。そこで、安藤は米国の技術を導入し、自社で容器製造に乗り出したのです。臭いがなく、食品容器にふさわしい品質に精製するまでには時間を要しましたが、米国食品医薬品局 (FDA) の品質基準をはるかに上回るカップを完成させました。

カップは完成したものの、麺をカップに収めることも難しい問題でした。カップは上が広く下が狭いため、麺をカップよりも小さくすれば簡単にカップの中に入る一方、輸送中にカップの中で麺が揺れ動くので壊れてしまいます。そこで考え出したのが、カップの底より麺を大きくしてカップの中間に固定する〈中間保持法〉のアイデアでした。しかし、いざ麺をカップに収めようとすると、傾いたり、ひっくり返ったりして、うまくいきません。寝ても覚めても考え続けていた安藤が、ある晩、布団に横たわっていると突然、天井が突然ぐるっと回ったような錯覚に陥りました。「そうか、カップに麺を入れるのではなく、麺を下に伏せておいて上からカップをかぶせればいい」とひらめいたのです。この “逆転の発想” によって確実に麺をカップに入れることができるようになり、工場での大量生産が可能となりました。

ほかにも容器のフタや具材、麺の揚げ方など、さまざまな知恵や工夫が詰め込まれた「カップヌードル」。安藤が「ひらめきは執念から生まれる」と語っていたように、新しい素材や技術を導入するだけでなく、自らも新しい手法を発案し、次々に課題を解決していきました。こうして誕生した新製品は、世界中で通用するように「カップヌードル」と名付けられ、1971年9月18日に発売されました。

「カップヌードル」は、袋麺が25円の時代に1食100円と高価で、また立ったまま食べるのは良風美俗に反するという意見も飛び出し、なかなか店頭に並べてもらえませんでした。そこで安藤は、自ら新しい販売ルートを開拓し、それまでにない宣伝や販売促進を行うことにしたのです。お湯の出る自動販売機は、「カップヌードル」を買ったその場で熱いお湯を注いで食べられると話題を呼び、1年間で全国に2万台が設置されました。また、若者が集まる銀座の歩行者天国に着目。「カップヌードル」の試食販売を実施すると、予想をはるかに超える人が押し寄せ、多い日には2万食を売り尽くすほど人気を集めました。

そして、「カップヌードル」の人気を決定づける出来事がおこりました。1972年2月、連合赤軍によるあさま山荘事件です。この事件は連日テレビで中継され、山荘を取り囲む警視庁機動隊員が「カップヌードル」を食べている様子が映し出されました。思いがけず全国の視聴者にアピールすることになり、その時から「カップヌードル」は羽が生えたように売れ出したのです。

「カップヌードル」は「Cup O’Noodles」の商品名で、1973年にアメリカ進出を果たしました。その後もブラジル、シンガポール、香港、インド、オランダ、ドイツ、タイなどに次々と拠点を設立。日本の味をそのまま輸出するのではなく、それぞれの国や地域の人が好むスープや具などを商品作りに反映させることで、「カップヌードル」は日本生まれの世界食となりました。

「ひらめきは執念から生まれる」

個人的にはそのひと言が安藤百福さんの人となりを表し、チキンラーメン及びカップヌードル成功の秘訣と感じました。

見聞きした情報から柔軟な着想を得る発想力も素晴らしいですが、それを実現するための行動力・執念には驚かされますね。

安藤百福クロニクル
日清食品グループ各社の企業情報をはじめ、創業者・安藤百福の足跡や「食の安全」に対する取り組みなどをご覧いただけます。

まとめ

インスタントラーメンの祖ともいえる日清食品の創業者・安藤百福さん。細かい話をすると、実はチキンラーメンやカップヌードルよりも先に似た内容の商品が世に出てはいますが、今回はその件に関しては割愛しました。

(チキンラーメンと同時期に発売されている即席麺やカップヌードルより早い時期に発売されたカップ麺もありますが、普及したとは言い難いと感じたので)

細かい話は割愛したものの、日本及び世界にインスタントラーメンの美味しさ・手軽さを普及させたのは日清食品の創業者・安藤百福さんということは揺るぎない事実です。

その功績や尊敬の念を抱きつつ、今晩は美味しいインスタント麺に舌鼓を打ちたいと思います。

袋麺はアレンジが素敵♪

最近のマイブームは豆乳チキンラーメン。お湯の一部を豆乳に変えるだけで美味しい&バランスアップでおススメです♪

〇水          水230cc~250cc

〇無調整豆乳      200cc

チキンラーメン     ひと袋

●温玉         一つ

●豆板醤        小さじ1/2弱

●食べるラー油     小さじ1/2弱(アクセントに少量)

●に関してはアクセントなのでお好みで。でも、マイルドさの中にピリリとアクセントが入っておススメです♪

豆乳チキンラーメン♪ by さん屁ぇです
ひとりランチに。どこかヘルシー感がただような(気がする)マイルドで濃くうま豆乳チキンラーメン。

邪道かもしれませんが、僕はチリトマトが一番好きだったり。

皆さんは何味が一番好きですか?

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