毎月14、15日は『ひよこの日』|東京?福岡土産?かわいいロングセラー商品ひよこ誕生秘話【食の雑学】【食の記念日】

本日の一品
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ひよ子本舗吉野堂が制定しました。

『ひよ子まんじゅう』をPRするのが目的。

日付は『ひ(1)よ(4)こ(5)』の語呂合わせから。

ひよ子饅頭といえば、お土産の定番ですよね。僕も東京から地元に帰る時なんかには、よくお土産で買っています。

でも、ちょっと待って下さい。関東近郊の方々からしたら、東京土産のイメージが強いひよ子饅頭ですが、実は東京発祥というわけではないとご存知でしたか?

今日は、そんなひよ子饅頭の魅力に迫ります!

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どっちの定番!?ひよ子饅頭が福岡と東京で定番な理由

皆さんは、お菓子の “ひよ子” をご存じだろうか?

こんがりと焼けた茶色の皮に、白あんがたっぷり詰まった、ヒヨコ形の可愛らしい饅頭です。

こちらの “ひよ子” 、どこの名産品かというと……。

福岡県民ならば福岡と答えるでしょうし、それ以外の人にとってみれば東京のイメージも強いでしょう。

それもそのはず。本社は福岡にあるが東京にもグループ会社があり、東京駅などで「東京みやげ」として売り出しているからです。

福岡生まれなら、結局は福岡名物なんじゃない??

僕としては安直にそう思ってしまいますが、今回は色々とネットでの口コミを調べてみました!

生まれは福岡県飯塚市

ひよ子が生まれたのは大正元年(1912)のこと。なんと今年で104年目を迎える、ロングセラー商品です。

誕生の地は炭鉱の街として知られる福岡県飯塚市。鎖国の時代から、長崎に輸入された砂糖が運ばれる長崎街道(シュガーロード)の影響で、昔からお菓子作りが盛んな地域です。

福岡県産のひよ子が県外へと羽ばたくきっかけとなったのは、1964年に開催された東京オリンピックです。

オリンピックを機に東京駅八重洲地下街に東京1号店が出店し、それ以降は東京でも親しまれるようになりました。

今や、同社の公式サイトに「東京土産としても愛されるようになりました」と書かれるほどです。

だから結局どっちのみやげ物なの?

福岡が発祥地なら、もう福岡みやげでイイやんか!

そう思いながらも、「株式会社 ひよ子」に問い合わせてみた。すると広報担当者の口からは意外な答えが……

「福岡と東京、どちらのみやげ物とも言えます」

どうした、ひよ子。その身だけでなく魂まで東京に売ってしまったのか。だがしかし詳しく聞いてみると、それなりの理由がありました。生まれは福岡、福岡県民に今もなお大切にしてもらっていることは確か。一方で全国に広め、より多くの人に知れわたらせてくれたのは、東京ひよ子のおかげ──というのです。

もう美味しければどうでもいいやw

ちょっと投げやりになりました笑

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おまけ〜東京と福岡でちょっと違うらしい〜

材料や製造工程などは一緒です。ただ、形については福岡のほうがスマート、東京のほうがややふっくらしています。製造する型は同じなのですが、気候や湿度の違いが影響しているのでしょう。

実物を比べてみたいw

ひよ子饅頭の発祥

お次は当サイト定番、ひよ子饅頭のルーツを追いましょう。想像以上のロングセラー商品というのはお話しした通り。

どんなきっかけで生まれたかのでしょうね。

『丸い形の饅頭でなく、もっと愛される饅頭を作りたい』

大正元年(1912年)、当時の店主・石坂茂の想いからひよ子の形は生まれました。
「お菓子は生きものであり、味は無限である」「商品は私たちの生命であり、真心である」
ひよ子誕生以来、変わることのない精神を、私たちは、このひよ子のかたちと共に受け継ぎ、次の時代へと守り続けてまいります。

『味』たけでなく、『目』でも楽しむ。

和菓子にはそういう嬉しいお菓子が多いですよね♪

ひよ子の生い立ち

『お菓子は生き物であり、味は無限である』

『商品は私たちの生命であり、真心である』

『私たちの願いは、ひよ子のお菓子を通じてお付き合いの輪を拡げ、明るい社会を作ることである』

ひよ子誕生以来、この精神は一貫して変わることはありません。
人々から愛され、おいしさの輪を拡げてきたひよ子。
私たちの想いの出発点です。

ふるさとは築豊飯塚

名菓ひよ子は、大正元年、お菓子づくりが盛んだった筑豊飯塚にうぶ声をあげました。炭坑で栄えていた飯塚では、働く人々エネルギー源として甘いものが好まれ、また、東京や大阪との取引や往来が活発だったことから、手土産にお菓子が喜ばれていたのです。

夢に現れたひよ子

その飯塚で明治より続く菓子屋を営んでいた二代目店主・石坂茂。チャレンジ精神旺盛だった彼は、大人にも子供にも愛される菓子を作りたいと願っておりました。そんなある夜、茂の夢の中に現れたのが「ひよ子饅頭」だったと伝えられています。それはふるさと飯塚が、養鶏が盛んだったという背景もあるでしょう。

しかしそれ以上に、滋養があり、美味しく、万人に愛されるお菓子作りを目指していた彼の想いが「ひよ子」を生み出したのではないでしょうか。試行錯誤の末に誕生した、立体形のひよ子は業界の常識を覆すもの。独創的で姿も愛らしく、たちまち人気者になりました。

福岡に進出、東京に拠点を

三代目の石坂博和のときには、昭和32年の酉年に福岡市に出店、一等地である新天町(現・天神2丁目)に店を構えました。
ひよ子は博多でも人気を博し、九州名物と言われるまでに成長しました。さらに日本一の菓子屋を夢見た博和は、昭和39年、東京オリンピックを契機に東京へと目を向けました。東京ひよ子の誕生です。 昭和41年東京駅八重州地下街に東京1号店を出店、やがて東北新幹線開通とともに“東京土産”としても愛されるようになりました。

愛されて全国のひよ子に

愛くるしい姿となめらかな黄味餡たっぷりの名菓ひよ子。筑豊飯塚から福岡へ、東京から全国へと知れ渡り、おかげさまで本当に多くの皆様に愛されるお菓子となりました。これからも創業からの想いを受け継ぎ、人々に愛されるお菓子でありたいと願っています。やがて世界の人々のしあわせなひとときと巡り会うために。ひよ子は私たちの想いと共に翔ばたいてまいります。

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まとめ

愛される商品に、その理由あり。

定番すぎて何気なく食べていますが、一個一個可愛らしいひよ子の形をしているというのも相当な企業努力ですよね。

ましてや、昔のように機械頼みに出来ない時代であれば尚更です。

お客様に喜んでもらう為に、そういった努力を惜しまないこと。

ヒット商品の裏には、弛まぬ努力があると改めて思いました。

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